ドラマ人間模様シリーズ2「鹿角の母」

秋田県の北東部に位置する鹿角市。ここに「鹿角の母」と呼ばれる伝説の占い師がいるという。雪の青森空港からレンタカーで鹿角市に入ったわたしは、早速「鹿角の母」に会いに行った。「母」は噂通り、ホルモン焼き「幸楽」の決まった場所に座って相談者の相手をしていた。公称32歳ということらしいが、それほどサバを読んでいるわけではなさそうだ。席に着くとビール大ジョッキと中ジョッキが運ばれてきた。もちろん大ジョッキは「母」の分だ。目の前の、まるで割り箸の束のようにみえる筮竹をさばくと、満面の笑みを浮かべて「あんた、また随分いろいろと迷ってるね~っ!」とわたしの心をすぐに読み取ってしまった。「まぁ、そのビールをぐっと飲んでさ、そこの角を曲がった『紅蘭』でラーメンでも喰って寝ちまえばいいよ~」と言った。

そしておもむろにカバンからCDを取り出し「これ聴いてごらんよ~。心がス~っとすっからさぁ。ハイ、次の人~~!」と言って大ジョッキのビールを飲み干すと、もうわたしには目もくれなかった。

 

わたしは「母」の言うとおりに紅蘭に寄り、ラーメンと餃子を食べてホテルに戻った。早速「母」に渡された相川麻里子という名のヴァイオリン奏者の新しいCDを聴くと、いきなり慟哭のようなヴァイオリンの音が聴こえて来て心を奪われた。ラヴェルのツィガーヌだ。これはまさにわたしの心の叫びではないか!そして2曲目の果てしなく優しいチャイコフスキーのメロディーにわたしは溢れる涙を止めることが出来なくなった。来てよかった!ありがとう「鹿角の母」。わたしはもう一度コートを来て雪の降る街に飛び出し紅蘭に戻った。「あれ?忘れもんでもしたんかね?」そう聞く紅蘭の女将にわたしは「焼きそばをひとつ」とだけ言って席に座った。焼きそばからしたたるウスターソースがわたしの心とズボンにしみた。